エンドクレジット後のオマケを用意するくらいなら

映画の本編が終わり、エンドクレジットが流れた後、
ちょっとしたオマケのようなシーンが用意されている映画ってありますよね。

アイアンマン」や「アベンジャーズ」、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー
といったマーベル・スタジオの映画によくありますし、
最近の映画なら「進撃の巨人 エンド オブ ザ ワールド」にもありましたね。

エンドクレジット後のオマケを楽しみにして映画を観ている、
という方もおられると思いますが、
自分はこのエンドクレジット後のオマケ、ハッキリ言って嫌いです。

エンドクレジット後のオマケが用意されている一番大きな理由は、
エンドクレジットを最後まで観て欲しいから、ということだと思うんですが、
エンドクレジットなんてその映画の製作にかかわったスタッフの名前が
ズラズラと流れていくだけなんですから、面白くないに決まっています。

そんな面白くないエンドクレジットをその後のオマケをエサにして
お客さんに観てもらおうだなんて思い上がりも甚だしいです。

エンドクレジットを最後まで観て欲しいんだったら、
エンドクレジット自体を面白いものにすればいいんです。

天使にラブ・ソングを…」や「戦場のピアニスト」、「グランド・ブダペスト・ホテル
といったエンドクレジットに一工夫があって
エンドクレジット自体も面白く観られる映画も世の中にはあるんですから、
是非見倣って欲しいなと思っています。

  

原作のことを知らないと分からないという映画はダメ

小説や漫画、アニメなどを原作に映画が作られる、ということはよくありますが、
原作のことを知らないと分からない箇所がある、という映画はハッキリ言ってダメですね。

多くの場合、原作の内容を2時間の映画の中に収めなければいけないのだから、
色々と削った結果、原作のことを知らないと分からない箇所ができてしまった、
というような形でそういった箇所ができてしまうのだろうと思いますが、
削ったことで分からない箇所ができてしまうのであれば、
そこから更に分かるように変えるという作業をする必要があるわけで、
結局のところそれは原作を映画化するための改変に失敗した、ということに他なりません。

また、原作ファン向けのファンサービスとしてそういった箇所がある場合もありますが、
そんなものは原作ファン以外の人にとってはサービスでもなんでもないのですから、
どうしてもそういったファンサービスのようなことがやりたいのであれば、
原作ファン以外の人にも通用するような形でやるべきですね。

最後に、原作のことを知らないと分からない箇所がある、
という映画の一体何がいけないのかということをいうと、
作品として完成していない、ということです。
原作のことを知らないと分からない箇所がある、ということは、
映画だけでは分からない箇所を原作で補う必要がある、ということです。
他の作品で補う必要がある、言い換えれば足りないところがある、
そんなものが果たして作品として完成しているといえるのでしょうか?

最近の映画であれば「るろうに剣心 伝説の最期編」が
原作のことを知らないと分からない箇所がある映画になってしまっていましたが、
そういった映画が少しでも少なくなってくれればな、と思っております。